fc2ブログ

記事一覧

相続を再度振り返る

今まで書いたことと重複する部分もありますが、記憶が薄れそうなので記録のために書きます。
ドロドロドロドロ(相続から分かる性格編)

相続、私の場合は、兄が家の相続のハンコを押さなかったので、もめました。

家と土地は父の名義のままでした。
母の名義に変えないまま7年が経ち、母のガンが発覚しました。

7年の間、何度も名義変更の話は出ました。
母は私にと言い、私は姉にと言い、その度に私と母はケンカしました。

「私がもらってもその次がいないのよ?また名義変更しなきゃいけない。どうせ甥か姪に譲るしかないんだから、私にする意味ない!」
「姉は嫁にいった身だから兄と旦那がうんって言わない。」
「仕方ないじゃない。私には子供がいないんだから。」
「兄は、いつでもハンコ押すって言ってるのよ?今のうちにやっておきたいのよ。」
「こんな家いらない。自分で始末してよ。」

話はいつもまとまりませんでした。
「じゃ、もう知らない!死んだ後のことなんてもうどうでもいい!」
最後は母がキレて終わりでした。

このような経緯があったので、ガンが分かった時、母は、
「家は潰して土地を売りなさい。残ったお金で会社の近くで一軒家を借りて。犬がいるから。」
と言いました。

でも、たくさん考えて次の日、
「私が相続する。全部やる。」と言いました。
母はとても喜んでくれました。

母がいなくなる、という現実が目の前に迫って、腹をくくりました。
姉が無理、兄は信用できないなら仕方ありません。
犬がいるので、家を即手放す訳にはいかなかったのです。
死んでしまいましたが、千代は環境の変化に耐えられるだけの体力がありませんでした。

ところが、いつでもハンコを押す、と言っていた兄が押さない、と。
母が「いつでも押すって言ってたじゃない!」
と言っても毎回のらりくらりと逃げて押しませんでした。
仕方ないので司法書士さんに何度もお願いして、時間とお金がかかりました。

もう、その間の母と兄のやり取りは悲惨なものでした。
死が目前の母親が泣いて頼むのに、息子が突っぱねる。
その奥には「金をよこせ。」という兄の本心が見え隠れして母はとても悲しい思いをしました。
「なんでこんな子になってしまったの、、、」と母はいつも涙ぐんでいました。
「頑張る。でも、兄がどうしても押さなかったらゴメンね。許してね。」
と言われました。

通常は、父の名義のままでも別に構わないのですが、
我が家の場合は、兄に家の相続権があるままでは、兄が借金したり破産した場合、勝手に占拠されたり売られたりの心配があって、どうしても名義変更の必要がありました。

どうしても押さないので、私ではなく、母の名義に変えようとしたのですが、それもイヤだと言って押しませんでした。

自筆遺言書を書いていたので、最後はそれでやるしかない、と私は思っていましたが、相続には遺留分があるので、兄にお金を渡したくない母は、生きているうちに名義変更することにこだわりました。

3ヶ月以上もめたあげく、
家にも土地にも価値がない、
相続した場合はマイナスも引き受けることになる、
その時は病院代も母の生活費も3等分してもらう、
と司法書士から聞かされて、お金を一円も出したくない兄は、それを知って「押す」と言いました。

同じことを母もずっと言っていたのですが、第三者から、というのが決め手だったようです。

何度も司法書士さんに病院に来てもらって、その度に母は、点滴の棒を引きながら感謝を伝えていました。
頭をひざに付くほど下げて。
押す、と決まった時は泣いていました。
悲しかったな。

「鹿子のお願いを最後に叶えてあげられた。」って。

別にこのボロ家が欲しかったわけではないのですが、名義変更のおかげでモモと安心して暮らすことができています。

ここまで書いて、
「やっぱり、母は強い人だった。」
と再認識しました。

ちなみに、私の場合は、父名義のままだったので、私が父のものを相続した、という形になり、家と土地が安いので相続税はかかりませんでした。
生前贈与の場合は、税金がかかるようです。

最後に。
こんな田舎のド庶民の、ボロ家でももめるのです。
せめて自筆遺言書は遺すべき、というのが私が得た教訓です。

おやすみなさい

更新の励みになります。
にほんブログ村 家族ブログ 死別へ
にほんブログ村
にほんブログ村 家族ブログへ
にほんブログ村

(^o^)v
ゆきんこさん まだまだですか。私は父の死は3年くらいで楽になったのですが、、、覚悟が必要ですね。読んでくれてありがとうございます。励まされます。
川西姫さん ホント、今回はつくづく、今まで物体が私に与えていた心の沈みを感じました。フワっと軽くなりました。母の車は大丈夫そうです!共感ありがとうございます。
H.Aさん 足回りが良くなって疲れが減りました。母の車に一ミリも関心なかったのに検索したりしました。大切に乗ります。安全第一で!
スポンサーサイト