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後悔の理由2

従兄が医者に意見したと知った母は、私に言いました。
「もういいのに。私なんていいのよ。言っても仕方ないんだから。」

母は、本当に嫌そうでした。だから、私も主治医に言いたいことはたくさんありましたが全て飲み込みました。
でも、1度だけ我慢できずに、廊下で主治医に詰め寄りました。

「cartできないってどういうことですか?血液の状態が悪いのなら成分輸血して下さい。」
「できないことはありませんが、命の保証ができません。お母様は、そのような状況ではありません。」
「食べるための手術だったのに、1度も食べられてないんですよ。あんなに食べたいって、、、手術が終わったらって楽しみにしてたんです。だから痛いの我慢して、手術したんです。1度でいいから食べさせたいんです。」

主治医は何も答えられませんでした。
手術をして弱るんじゃないかと心配した母を説得して、手術を勧めたのは主治医なのです。
今、目の前の母は、明らかに手術をきっかけに弱っているのです。

医者がこの程度のことで自分の非を認めるはずがありません。
認めたとしても、もう、手術前に時間を戻すことはできません。
私は、母の言う通り、言っても仕方ないことを言ったのです。

CTの結果を一緒に聞くべきだった。
ステントにするべきだった。
入院した日、無理をしてでも仕事を休むべきだった。

私が母の命を縮めたのです。
一番近くで、一番母の性格も状況も分かっている私が、大事なポイントで一緒にいなかったから、母は選択ミスをしてしまったのです。

だから寂しさに耐えなければなりません。
悲劇のヒロインになっているつもりはないです。
これが事実なのです。

父が亡くなった時よりもショックが大きいのは、母親だからというのもありますし、自分にできることがたくさんあったからです。

私が側にいれば、母は今もまだ生きていた。
旅行にも行けた。
兄のいる正月を迎えられた。
千代は母の膝の上に今もいる。
桃は1人で留守番なんてしていない。
私たちはいつもの口喧嘩。
朝の「気を付けなさいよ。」

短かったかも知れないけれど、続くはずだった未来を閉ざしたのは私です。

続きます。

おやすみなさい

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