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答え

母が亡くなった次の日の日記です。
途中まで書いていたのですが忙しくてアップ出来なかったので、加筆して今日の記事にします。
時間をさかのぼる日記は書きたくないのですが、気持ちの記録を残しておきたいので、、、

7時に母の弟から電話。
実は昨日、病室の片付けをしている時にかかっていましたが、出れませんでした。
折り返しの電話はしませんでした。

母は6月の祖母の法要の時に異母兄弟たちにガンであること、余命が少ないことを伝えましたが、兄弟たちは祖母の遺産分けの話ばかりして私の心配は誰もしてくれなかった、ととても寂しく言っていました。

その後、10月半ばまで電話一本ありませんでした。
急速に容態が悪化してゆく中で母は「誰にも伝えるな。」と私に強く言いました。
誰にも、の意味は母の兄弟を指していると私には分かりました。
私も、6月から誰も連絡をしてこない叔父たちには思うところがありましたので、伝える気はありませんでした。
「私は腹が違うから、、、」と寂しく言う母が不憫でした。
しかし、10月の半ば、偶然近くまで来た弟が私に連絡してきました。
もう長くないことを伝えると妹と見舞いに来てくれました。

会った時に泣いて喜んだ母を見て「やっぱり会いたかったんだ。間に合って良かった。」と思いました。
「私から電話したんじゃないよ。おじちゃんから連絡くれたんだよ。」

その次の週に一番下の弟が見舞いに。
その弟が今朝、電話してきたのです。
「お母さん、亡くなったんよ、昨日。」
「どうして教えてくれなかったんだ。」
「言うなって言われてたから。」
「葬儀はいつ?」
「葬儀はしないから。」
「そんなバカなことがあるか!」
「うん、母の遺言だから。」

昼前に駆けつけた弟二人から母の棺の前でなじられました。
「式はしないってどういうことだ?」
「無宗教でお別れの会をします。」
「オレたちは来ていいのか?」
「いえ、私達こどもだけで送りたいので。」
「もし、今日連絡しなかったら、教えてくれなかったのか?」
「はい。」
「兄弟に教えないってことがあるか!」
「遺言だから。」
「いくら遺言だからってひどい。」
「、、、そこまで言うなら、どうして電話一本くれなかったんですか?誰も連絡くれないって母はとても寂しがってました。やっぱり自分は腹が違うからって思わなくてもいいことを思って、とても可哀想でした。いくらでも元気な時に母を励ます時間はあったと思います。でも、やはり伝えた方がいいと思って今日の電話に出ました。この前、見舞いにきて頂いた時に母がとても喜んでいたからです。やっぱり嬉しいんだなって。生きてゆく方もこれからがあるので私も気持ちを切り替えて伝えることにしたんです。」
「こんな早いとは思わなかったから、、、」

例えば、自分の子供が「すい臓がんステージ4b」と告白しても、捨て置いて電話一つしないのでしょうか?
やはり、姉である母の存在が彼らにとって軽かった、ということです。

「姉ちゃんは、毎日井戸で水をくんで風呂の準備をしていた。毎日だ。大変だったと思う。」
と棺の前で話してくれました。
いつか「私は兄弟の召し使いだった。」と言っていた母の言葉を思い出しました。

母の兄弟はみんな、いい人なんです。優しくて、朗らかで。
だから余計、母の気持ちを思うとやりきれなくなります。

「千代桃ちゃん、寂しくなるなぁ。おじちゃんも母親が死んだだろう?99歳でも寂しいんだ。毎週休みには墓参りに行っているよ。」
「そうですよね。いくつであっても母親が亡くなるのは寂しいですよね。」
と言いながら、私は別のことを考えていました。
「毎週墓参りに行く余裕はあるのに、母に電話一本かけなかったんだ。やっぱりお別れの会は遠慮してもらおう。」
お別れの会に出てもらうか心が揺れていましたが、迷いは消えました。

時計を何度も見る叔父二人を駅に送りました。
二人が望めばいくらでも母の側にいてもらって良かったのですが、そんなに時間を気にされては送るしかありません。
「母さん、私がいるからそれでいいよね?」心の中で問いかけました。

帰りに大きな花束を買いました。
できるだけ華やかな花を選びました。
リボンは深紅を選びました。
「え?お葬式ですよね?」と言われましたが、構うもんか!
出席するのは母の子供とその家族だけなんだから、誰に後ろ指差されることもありません。
赤が好きだった母に捧げるのだから赤がいいのです。

翌朝、母の妹から電話。
「昨日は、病院の予約とかあって、ちょっと、、、今日はダメよね?」
「はい。子供だけで送りたいので。」
「またお参りさせてもらえる?」
「はい、それはいつでもどうぞいらっしゃって下さい。」

本当は、お断りしたいのですが、確執を残すことはしたくないので。
私の姉がガンだって分かったら、メールや電話を頻繁にすると思います。
母は兄弟との関係が希薄ではあっても決して悪くはなかったので、ショックが大きかったのだと思います。

電話を切ってお別れの会の準備へ。

おやすみなさい

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