熱情と幻 2
- 2021/03/25
- 22:22
その日から、頻繁に登校するようになった、河野サトル。
着席する彼の後ろ姿。
こんなに席、近かったっけ。
教室の一番後ろ。
出入り口に一番近いここが、私の指定席。
くじ引きで、この席が当たったクラスメイトに、
「代わって!」
と頼むと、皆、快く応じてくれました。
進学校なので、
前の方で授業を受けたい生徒からすれば、
この席は最悪の席だから。
私は、休み時間に、友人が来やすい、
そして、すぐに出て行けるこの席を4月からずっとキープしていました。
授業中は、窓から中庭と空を眺め、
ぼんやりと将来のことを考えました。
早く卒業したい。
東京に行って、編集者になって、
バリバリ仕事して。
恋もしたいな。
オシャレもしたい。
こんな、セーラー服、窮屈すぎる。
休み時間。
親友のミキが隣の教室からやって来ました。
「鹿子!」
ミキの呼び掛けに、河野くんが振り向きました。
「よ!ミキ。」
「サトルくん、学校来るなんて珍しいじゃん。」
「出席日数が足らん。」
「ちゃんと来なさいよ。」
「ミキと鹿田さん、友達?」
「中学の時、同じバレー部。」
「ねぇ、鹿田さん、いつもそこの席だよね。」
「うん。代わってもらってるから。」
「ズルいなぁ。」
「私は真面目に学校来てるから、このくらい、いいの。」
「で、サトルくん、まだ遊んでるの?」
「そりゃそうよ。車出してくれて、ご飯もご馳走してくれるんだぜ。」
「かわいそうなことしちゃダメよ。」
「むこうだって、楽しんでるんだから。」
そうか。
そういうタイプか。
放課後。
「ミキ、河野くんと仲良かったんだね。」
「そう。2年の時、同じクラスだったから。」
「彼、最近登校するじゃん?背が高いから邪魔なんだよね(笑)」
「遊びすぎで出席日数ギリギリらしいよ。」
「大変だ。」
「年上の女とばっかり遊んでる。」
毎日、顔を合わすように。
「おはよう、鹿田さん。」
「おはよ。真面目に来るのね(笑)」
「卒業しないと母ちゃんに殺される。」
「卒業したらどうするの?」
「大学行く。」
「へー。じゃ、出席日数大事ね。」
彼は、休み時間の度に私の席に。
私達は、青春という一瞬の煌めきの只中にいました。
「鹿子ちゃん!一緒に帰ろうよ。」
「いいよ。」
呼び名が、姓から名に変わり、
学校以外でも二人で過ごすようになった私達は、
いつしか、互いに恋愛感情を抱き始めました。
「鹿子。オレと付き合ってよ。」
「いいよ。」
「でも、オレ、他に女いるよ?」
「知ってる。私が一番ならいいよ。」
「鹿子、変わってるね。」
「まぁね。」
「じゃ、オレの彼女ね!」
「うん。でも、卒業までね。私、東京行くから。」
凡人のくせに、個性的であることに憧れ、
それを演じていることに、
己でさえ気付いていなかった、あの頃。
冬。
扁桃腺の手術を受けた彼をバスに乗って、お見舞いに。
彼の病室から出て来た大人の女性。
ハイヒール、赤い口紅。
黒いバッグから、車のキーを探り、
それを長い指にかけたその人は、私の前に立ちはだかり、言い放ちました。
「あんた、サトルの彼女?」
「、、、はい。」
「ふーん。ブス!」
ハイヒールの靴音を廊下に響かせて、
その人は足早に去って行きました。
溢れる涙を隠すこともできず、
ベッドに突っ伏して、私は彼をなじりました。
「なんで?」
「だって、来たいって。」
「ひどい。」
「気にしないと思った。」
止まらぬ嗚咽。
その涙は、彼を好きだ、と伝えるのに充分な、
私の真実を表すものでした。
別れて、と言って欲しかった彼。
別れて、と言いたくなかった私。
負けたのは私。
これからを暗示するように。
クラスメイトの進路が続々と決まる中、
私は、東京の大学の推薦に落ちてしまいました。
「落ちた。どうしよう。」
「オレ、遊んでる女、全部切ったから。」
「本当に?」
「鹿子と本気で付き合うって決めた。」
「サトル、どこの大学受けるの?」
「大阪。」
「じゃ、私、東京やめる。大阪にする。」
長い間の思いさえ簡単に翻す、
私は愛に飢えた、何者でもない、ただの18歳。
(*・ω・)
ポメさん、まさこさん
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着席する彼の後ろ姿。
こんなに席、近かったっけ。
教室の一番後ろ。
出入り口に一番近いここが、私の指定席。
くじ引きで、この席が当たったクラスメイトに、
「代わって!」
と頼むと、皆、快く応じてくれました。
進学校なので、
前の方で授業を受けたい生徒からすれば、
この席は最悪の席だから。
私は、休み時間に、友人が来やすい、
そして、すぐに出て行けるこの席を4月からずっとキープしていました。
授業中は、窓から中庭と空を眺め、
ぼんやりと将来のことを考えました。
早く卒業したい。
東京に行って、編集者になって、
バリバリ仕事して。
恋もしたいな。
オシャレもしたい。
こんな、セーラー服、窮屈すぎる。
休み時間。
親友のミキが隣の教室からやって来ました。
「鹿子!」
ミキの呼び掛けに、河野くんが振り向きました。
「よ!ミキ。」
「サトルくん、学校来るなんて珍しいじゃん。」
「出席日数が足らん。」
「ちゃんと来なさいよ。」
「ミキと鹿田さん、友達?」
「中学の時、同じバレー部。」
「ねぇ、鹿田さん、いつもそこの席だよね。」
「うん。代わってもらってるから。」
「ズルいなぁ。」
「私は真面目に学校来てるから、このくらい、いいの。」
「で、サトルくん、まだ遊んでるの?」
「そりゃそうよ。車出してくれて、ご飯もご馳走してくれるんだぜ。」
「かわいそうなことしちゃダメよ。」
「むこうだって、楽しんでるんだから。」
そうか。
そういうタイプか。
放課後。
「ミキ、河野くんと仲良かったんだね。」
「そう。2年の時、同じクラスだったから。」
「彼、最近登校するじゃん?背が高いから邪魔なんだよね(笑)」
「遊びすぎで出席日数ギリギリらしいよ。」
「大変だ。」
「年上の女とばっかり遊んでる。」
毎日、顔を合わすように。
「おはよう、鹿田さん。」
「おはよ。真面目に来るのね(笑)」
「卒業しないと母ちゃんに殺される。」
「卒業したらどうするの?」
「大学行く。」
「へー。じゃ、出席日数大事ね。」
彼は、休み時間の度に私の席に。
私達は、青春という一瞬の煌めきの只中にいました。
「鹿子ちゃん!一緒に帰ろうよ。」
「いいよ。」
呼び名が、姓から名に変わり、
学校以外でも二人で過ごすようになった私達は、
いつしか、互いに恋愛感情を抱き始めました。
「鹿子。オレと付き合ってよ。」
「いいよ。」
「でも、オレ、他に女いるよ?」
「知ってる。私が一番ならいいよ。」
「鹿子、変わってるね。」
「まぁね。」
「じゃ、オレの彼女ね!」
「うん。でも、卒業までね。私、東京行くから。」
凡人のくせに、個性的であることに憧れ、
それを演じていることに、
己でさえ気付いていなかった、あの頃。
冬。
扁桃腺の手術を受けた彼をバスに乗って、お見舞いに。
彼の病室から出て来た大人の女性。
ハイヒール、赤い口紅。
黒いバッグから、車のキーを探り、
それを長い指にかけたその人は、私の前に立ちはだかり、言い放ちました。
「あんた、サトルの彼女?」
「、、、はい。」
「ふーん。ブス!」
ハイヒールの靴音を廊下に響かせて、
その人は足早に去って行きました。
溢れる涙を隠すこともできず、
ベッドに突っ伏して、私は彼をなじりました。
「なんで?」
「だって、来たいって。」
「ひどい。」
「気にしないと思った。」
止まらぬ嗚咽。
その涙は、彼を好きだ、と伝えるのに充分な、
私の真実を表すものでした。
別れて、と言って欲しかった彼。
別れて、と言いたくなかった私。
負けたのは私。
これからを暗示するように。
クラスメイトの進路が続々と決まる中、
私は、東京の大学の推薦に落ちてしまいました。
「落ちた。どうしよう。」
「オレ、遊んでる女、全部切ったから。」
「本当に?」
「鹿子と本気で付き合うって決めた。」
「サトル、どこの大学受けるの?」
「大阪。」
「じゃ、私、東京やめる。大阪にする。」
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