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熱情と幻 2

その日から、頻繁に登校するようになった、河野サトル。

着席する彼の後ろ姿。

こんなに席、近かったっけ。

教室の一番後ろ。
出入り口に一番近いここが、私の指定席。

くじ引きで、この席が当たったクラスメイトに、
「代わって!」
と頼むと、皆、快く応じてくれました。

進学校なので、
前の方で授業を受けたい生徒からすれば、
この席は最悪の席だから。

私は、休み時間に、友人が来やすい、
そして、すぐに出て行けるこの席を4月からずっとキープしていました。

授業中は、窓から中庭と空を眺め、
ぼんやりと将来のことを考えました。

早く卒業したい。
東京に行って、編集者になって、
バリバリ仕事して。
恋もしたいな。
オシャレもしたい。
こんな、セーラー服、窮屈すぎる。

休み時間。

親友のミキが隣の教室からやって来ました。

「鹿子!」
ミキの呼び掛けに、河野くんが振り向きました。

「よ!ミキ。」
「サトルくん、学校来るなんて珍しいじゃん。」

「出席日数が足らん。」
「ちゃんと来なさいよ。」

「ミキと鹿田さん、友達?」
「中学の時、同じバレー部。」

「ねぇ、鹿田さん、いつもそこの席だよね。」
「うん。代わってもらってるから。」

「ズルいなぁ。」
「私は真面目に学校来てるから、このくらい、いいの。」

「で、サトルくん、まだ遊んでるの?」
「そりゃそうよ。車出してくれて、ご飯もご馳走してくれるんだぜ。」

「かわいそうなことしちゃダメよ。」
「むこうだって、楽しんでるんだから。」

そうか。
そういうタイプか。

放課後。

「ミキ、河野くんと仲良かったんだね。」
「そう。2年の時、同じクラスだったから。」

「彼、最近登校するじゃん?背が高いから邪魔なんだよね(笑)」
「遊びすぎで出席日数ギリギリらしいよ。」

「大変だ。」
「年上の女とばっかり遊んでる。」

毎日、顔を合わすように。

「おはよう、鹿田さん。」
「おはよ。真面目に来るのね(笑)」

「卒業しないと母ちゃんに殺される。」
「卒業したらどうするの?」

「大学行く。」
「へー。じゃ、出席日数大事ね。」

彼は、休み時間の度に私の席に。

私達は、青春という一瞬の煌めきの只中にいました。

「鹿子ちゃん!一緒に帰ろうよ。」
「いいよ。」

呼び名が、姓から名に変わり、
学校以外でも二人で過ごすようになった私達は、
いつしか、互いに恋愛感情を抱き始めました。

「鹿子。オレと付き合ってよ。」
「いいよ。」

「でも、オレ、他に女いるよ?」
「知ってる。私が一番ならいいよ。」

「鹿子、変わってるね。」
「まぁね。」

「じゃ、オレの彼女ね!」
「うん。でも、卒業までね。私、東京行くから。」

凡人のくせに、個性的であることに憧れ、
それを演じていることに、
己でさえ気付いていなかった、あの頃。

冬。

扁桃腺の手術を受けた彼をバスに乗って、お見舞いに。

彼の病室から出て来た大人の女性。

ハイヒール、赤い口紅。
黒いバッグから、車のキーを探り、
それを長い指にかけたその人は、私の前に立ちはだかり、言い放ちました。

「あんた、サトルの彼女?」
「、、、はい。」

「ふーん。ブス!」

ハイヒールの靴音を廊下に響かせて、
その人は足早に去って行きました。

溢れる涙を隠すこともできず、
ベッドに突っ伏して、私は彼をなじりました。

「なんで?」
「だって、来たいって。」

「ひどい。」
「気にしないと思った。」

止まらぬ嗚咽。

その涙は、彼を好きだ、と伝えるのに充分な、
私の真実を表すものでした。

別れて、と言って欲しかった彼。
別れて、と言いたくなかった私。

負けたのは私。
これからを暗示するように。

クラスメイトの進路が続々と決まる中、
私は、東京の大学の推薦に落ちてしまいました。

「落ちた。どうしよう。」
「オレ、遊んでる女、全部切ったから。」

「本当に?」
「鹿子と本気で付き合うって決めた。」

「サトル、どこの大学受けるの?」
「大阪。」

「じゃ、私、東京やめる。大阪にする。」

長い間の思いさえ簡単に翻す、
私は愛に飢えた、何者でもない、ただの18歳。

(*・ω・)
ポメさん、まさこさん

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